

ママは力無くあたしに笑いかける。その顔に、お願い、わたしを捨てないで、と書いてある。あたしの胸に、また刃物で刺されたような穴が開いてドッと血が流れる。捨てられるはずがない、子どもに親を捨てられるはずがない。たとえどんな親でも。愛さずにおられるはずがない。それがあたしたち、子ども、という生き物の本能。あらかじめそうされてこの世にやってきた。あたしがあなたをこんなところにおいていくはずがない。なにがあっても、この世の果てまで連れ去られても、一言だってあなたを責めるはずがない。否定するはずがない。安心して。そんな不安そうに、眉間にしわなんて寄せないで。この先も、ずっといっしょよ。
呪いのように。
親子、だもの。
単行本P163より
重くて、悲しくて、グロテスク。
だけど、だからこそ、読む人をひきつけてやまない熱量をもっている作品です。
主人公は母と子の、マコとコマコ(眞子と駒子)。若く美しい母と、言葉のしゃべれない子供。
マコにとってコマコはちいさな神さまで、コマコにとってマコは世界のすべて。
そんな二人の幸せで、苦しくて、残酷で、不思議な逃避行の物語。
物語は一貫してマコの娘であるコマコの視点で描かれています。
冒頭ではコマコは五歳。五歳から○○歳までの記憶をコマコが語るという形式で、前半はマコとコマコの逃避行が幻想的に描かれ、後半では………うーん……ここは何を言ってもネタバレになってしまいますね(笑)省略します。
ネタバレはなるべく避けたいので、今回は前半部分にフォーカスして書いてみることにします。
先ほども書きましたが、この物語は一貫してコマコの視点で描かれています。
それにより物語の前半、つまりコマコの幼少期は、必然的に物語の輪郭がぼんやりとしているんです。
つまり、現実世界と妄想に境界線があったとして、その線上を、あっちへ行ったりこっちへ行ったりするような雰囲気です。
自分が読んでいるこの場面は、本当にあったこと?
それともコマコの妄想?幻覚?
物語のスパイスでもありますが、はっきりしろよ!と言いたくなるかもしれません(笑)
ひょっとすると賛否両論な描き方かもしれません。
(しかも特殊な環境に育ったコマコの感性自体もちょっと特殊で妄想や幻覚が入り乱れ、かつそれが結構グロテスクだったりするんです(´q`))ですが、自分の五歳の頃の思い出を今小説にしようしても難しいですし、輪郭がある程度ぼんやりしている方がリアルで当然だと、わたしは読んでいて感じました。
ちなみに、わたしは逃避行パートを読んでいて「ぼくとアナン」「アナン、」を思い出しました。




左側の「ぼくとアナン」は右二冊の「アナン、」を子ども向けにアレンジしたもので、大筋は同じです。
人生に絶望し、死のうと思った初雪の日に、ホームレスのナガレはゴミ捨て場に居た赤ん坊を拾います。
思わず保護しちゃったものの、俺ホームレスだし…でも赤ちゃん泣いてるし…どーするよ、俺!?そんな物語です。
偽物の親子の絆が温かく、切ない、ぜひ読んでいただきたい作品です。
サイトで特集も組みました(*´ω`*)⇒
http://www.sunset--rise.com/a.html1ページあたりの文字数が多めなのか、結構肉厚というか、読んでも読んでもまだまだある!という絶望と喜びが混ざった感じを味わえる作品だと思います(笑)
逃避行パートは割合短く、「え、もうここでこうなっちゃうの?」と思うかもしれません。
(想像力のある方は、あと桜庭さんの作風をご存じの方は、これだけでどんな展開になるか予想できちゃうかもしれないですね(笑))
しかし、わたしが本当に面白いと思ったのは後半部分。
一番初めに「熱量」という言葉を使いましたが、この本は簡単に「魅力がある!」と言い切れないというか、
「魅力」よりも「熱」の方が的確な表現なんじゃないかと思いました。
コマコが世界に、神さまに怒り、声を上げ、雪玉の中に石を隠してぶつけるが如く叫ぶその熱が、読んでいてじわじわとわたしの体にも沁み込んでいくようでした。
母が確かに世界の大部分を占めていた、家族という小さい世界の中で生きていた幼い頃の自分が声を上げて震えるような…今の自分ではないけれど、わたしの一部分というか、内側の一箇所が打たれるような、そんな感覚を味わいました。
“ちいさな神”から一人の人間になってしまったコマコ。
学校なんて一度も通わず(だって恐らく戸籍がないから!)、母親のマコのためだけに生きていたコマコが、大人になってどのような人生を歩むのか…
少しだけネタバレすると、どこまでも深読みしたくなる職業を、偶然なのか必然なのか、選ぶことになります(´ω`)
母親であるマコだけがいつまでたっても世界のすべてで、こんなに人を愛することはこの先決してないだろうと、幼いころからはっきりと知ってしまっている。
そんなコマコの人生を、誰も幸福だとか不幸だとかでは決められないのでしょう。
年始から、とても濃密で読み応えのある、素敵な小説を読むことが出来ました。ひゃっほう!